ご挨拶・プロフィール

挨拶


皆様、初めまして。政治の世界では駆け出しの新人、真白リョウです。

私は幼い頃からものを創ることが大好きで、音楽や執筆や舞台など、作品を創ってそこに湧き上がるメッセージを込め表現する。それに生き甲斐を感じ、今まで職業としてもやってきました。 日々感じる心の機微や恋愛、環境や社会問題、色んなテーマを自分なりに感じ、解釈し、歌や詩、小説、脚本などの作品に込め、たくさんの人にメッセージを伝え、それが自分の人生を通してやるべきことだと信じて、今まで生きてきました。

しかし、東日本大震災をきっかけに、自分の中で漠然と信じていた日本政府は、なぜ私たち日本国民をきちんと守らないのか、なぜメディアは原発報道やその他の問題の真実をきちんと伝えないのか、という事に疑問がわき、創作活動とは別に勉強を重ねました。

結果、このままでは私たちの子ども、またその子どもの世代、日本は今のような平穏な国にはならないかもしれない……。
むしろ、この大好きな日本が酷い惨状になるかもしれない、という危機感に苛まれ、いても立っても居られず、様々な社会運動を重ねました。 同時に、今まで自分が政治に対して無関心だったことへの責任も感じました。一人一人の無関心が、この国の未来を危うくさせるかもしれない。それを少しでも変えるためには、自分が立法する立場である政治家になり啓発、そして行動するしかない。私には、その思いと情熱しかありません。

先人たちの努力と両親の御陰で、私自身は充分な教育と環境、不安のない生活と社会の中で育ってきました。しかし、今の子どもたちは、年金ももらえるかわからない、医療費だって福祉だってどうなるかわからない、格差社会の中、社会に対し、先行きの見えない漠然とした不安があると思います。 私は『政治とは生活』という理念の元、『シェアできる社会』『自立と共生』『子どもたちが未来にワクワクできる日本』を目指します!

『この世界の答えは、僕らの心の中にある』

誰もが『この国は素晴らしい!』と思える、世界に誇れる日本を創るのが、私の夢です。
夢の実現に向けて、一歩一歩着実に進んでいきたいと思います!

真白リョウ

プロフィール

真白リョウ

真白リョウ(本名:宇都宮 優子)

旭学園第二幼稚園、寝屋川市立中央小学校、相愛中学校、大阪府立寝屋川高等学校、私立大阪音楽大学作曲学科卒業後、単身上京。

EXILEはじめ、様々なアーティストに詞曲提供を行い、執筆活動では現代の若者の心の闇を描いたケータイ小説『飛べない鳥』が、ケータイ小説コンテストのノンフィクション部門で1位を獲得し、書籍化。

311福島原発事故後、メディア報道や政府のあり方に疑問を抱き、政治や世界史の勉強を独学で始め、のちに『小沢一郎政治塾』で2年間政治経済を学ぶ。

卒塾後は、議員会館や全国各地で『簡単政治ボランティアセミナー』を開催。2016年参議院選挙への若者の投票率アップを目的に『G♡VOTE TOKYO〜選挙をオシャレにプロデュース〜』を企画し、地下アイドル『仮面女子』とコラボしたCMを制作。自身の歌う楽曲をBGMに使い、渋谷や新宿の街頭大ビジョン12画面で、一週間流すことに成功。

『世界の仕組みや報道の裏側にある真実を、政治やエンターテイメントで万人にメッセージし、沢山の人たちに気がついてほしい。』

プロジェクトKIZUKIでは初の脚本、音楽監督を担当。安保法制施行後の未来を描いた『H☆ERO HEIZO』は、築地ブディストホールで公演、翌年に京都東本願寺にて再演。

2016年 自由党大阪府第12区総支部長に就任。

趣味:易、神社仏閣巡り
好き:音楽、義理人情、信頼、正直
嫌い:弱い者イジメ、うそ、強欲

経歴・生い立ち

1976年/0歳〜

宇都宮家の長女として生まれる。幼い頃は気が弱く繊細、人見知り、他人が来ると机の下に隠れるような子だったので、大抵の写真が不安気な顔。髪の毛によっては男の子にもよく間違えられて、傷ついていた記憶があります(笑)

母親のスパルタ教育の元、5歳からお稽古少女で、習った稽古は、習字、そろばん、英語、日本舞踊、ピアノ、作曲、バイオリン、ソルフェージュ、エレクトーン、塾2つ、さらに中学受験時は家庭教師がつきました。唯一最後まで続いたのは音楽でした。

9歳で初めて作曲の楽しさを覚え、自作の小説、クラス会の劇の脚本なども書きました。

真白リョウ 幼少期
真白リョウ 幼少期

1988年/12歳〜

毎週末、大阪音楽大学付属学園に通いながら、日曜は作曲に必要な和声、音楽理論などを大阪音楽大学の教授に習い始めました。

中学三年生の時『この学校のおかしな校則を変える!』と生徒会長に立候補し、当選。学校を改革する、という目標を持ちました。今とあまり変わっていませんね(笑)しかし中学三年生の浅知恵では何一つ変えられなく、生徒会の提案は職員会議でことごとく却下されました。

失望した私は、高校の一年間を抜け殻のように過ごし、授業中はこっそり音楽を聴きながら、1時間目から6時間目までひたすら「西洋占星術」と『四柱推命』の勉強をしていました。そして、この学校を辞めると決めます。
心配した同級生に『学校辞めてどうするん?』と聞かれ、『私は……革命家になんねん!』と言って学校を去ったというエピソードは、未だに同窓会でネタにされます(笑)

真白リョウ
真白リョウ

1993年/16歳〜

寝屋川高校定時制課程に編入。厳しい実家を出て自由になりたい!と思った私は、高校二年生の夏休みにケンタッキーとガソリンスタンドを掛け持ちで馬車馬のように働き、お金を貯め、ワンルームマンションを借りて、人生初の一人暮らしを始めました。
勉強よりも仕事が楽しく、完全に働く高校生でしたが、音楽のレッスンだけはコツコツと続けていました。

真白リョウ バンド

そして大阪音楽大学作曲学科に合格。新入生代表を読ませて頂きました。大学では『現代音楽』を勉強していましたが、授業も音楽中心だし作品を創ることが楽しく、特にカルテットなど、弦の作品を好んで書きました。初のバンドも結成。某レコード会社のオーディションで初制作のデモテープが2,600組中の11組に選ばれ、他にも沢山のレコード会社からオファーがあり、若さもあって自信に満ちあふれていた時代でした。

真白リョウ

2000年/23歳〜

大学卒業後、半年間アルバイトでお金を貯め、単身上京。誰一人知人がいない東京に上京したのは『自分の作品を世間に認めてもらう為』でした。当時の口癖は『絶対にミリオンセラーを取る!100万枚売る!』でした。
しかしオーディションに合格しても中々デビューできず、一から人間関係も作らなければいけない、一番苦戦した時期だったと思います。

真白リョウ

上京から4年後、27歳の時に台湾のアーティストにソニーから初の楽曲提供が決まり、そして翌年、フジテレビのドラマ『曲がり角の彼女』の主題歌が決定しました。またその翌年に出したEXILEのシングル『SUMER TIME LOVE』がアルバムで260万枚のダブルミリオンを獲得。他にも様々なアーティストやアイドルに楽曲提供が決まり、目標を達成した時期でした。

EXILE, SUMER TIME LOVE, 曲がり角の彼女

2008年/31歳〜

事務所から独立して個人の会社(事務所)をつくりました。
とあるネットのスレッドを読んだことをきっかけに『携帯小説と音楽をコラボした作品を作りたい!』と思い、突然『飛べない鳥』という、現代の若者の闇をテーマにした携帯小説を書き始めました。ノンフィクションだったので取材にもでかけ、連日小説を執筆する日々でした。

目標は書籍化でしたが、2万3千人の方がしおり登録をしてくれて、某ケータイ小説サイトのコンテストでノンフィクション部門一位になり、上下巻で書籍化しました。
小説の連載が終わった時に、200通を超えるメッセージを頂き『これを読んで自殺をやめました』という感想に、『こんなつたない文章でも、人の人生に影響を与えることができるんだ!』と思うと同時に、若者のメンタルの闇をどうにかしなくてはならない、と思い始めました。

2011年/34歳〜

書籍化という目標を果たしたので、今度は『バンドをやりたい!』と思い立ち、メンバー探しを始めます。その最中に、あの東日本大震災と福島の原発事故が起こりました。

私はそれまで無条件に日本政府とメディアを信用していましたが、メディアは原発事故の真実を伝えないし、政府は国民を守ろうとしない。一体、なぜ?という疑問から、仕事そっちのけで毎日調べものをし、ブログやツィッターで情報発信する日々を送っていました。

福島へ足を運び被災者の方に直接お話を聞いたり、残された動物を救護しにいったり、記者や番組プロデューサーと共に、取材のアテンダントをしました。自分の疑問を突き詰めていくと、歴史や世界史をさかのぼることになり、メディアの成り立ちや中央銀行制度の仕組みを知り、今までの常識や価値観が完全に覆りました。

2012年/35歳〜

『HISS!』の全形である『Hys』というバンドを立ち上げました。
この頃は熱心に反原発活動をしながら、毎週バンドメンバーで集まって曲を創ってレコーディングしたりLIVE、サポートLIVEなどをしていました。

今までは『一人で黙々と作品を創る』ということが多かったですが、皆との共同作業で生まれた作品も幅が広がって面白い!と思い始めました。

バンドの作品は家族愛をテーマにした藤井翔監督の短編映画『雫』や、パナソニックの4Kショートフィルム映像作品『金魚』、さらには日テレドラマ『◯◯妻』の劇中BGMにも使用されました。
更に現在 HISS!の曲は、上杉隆さんの『ニューズオプエド』のオープニングテーマとエンディングテーマとして、月曜〜金曜まで流れています。

2013年/36歳〜

わたしのブログを読んだ方から『新潟に講演に来て欲しい』と依頼があり、環境フェスのパーソナリティとして参加した隣に、自由党の参議院議員森のゆうこさんがいらっしゃいました。彼女の強さ、ブレない姿勢と言動に、初めて政治家のファンになりました。

そして『ここで勉強しませんか?』と薦められたのが、小沢一郎政治塾でした。『なぜ小沢一郎なのだろう?』という疑問と『政治を学びたい!』という興味から入塾し、2年間の勉強を経て卒塾しました。小沢代表の理念の元、政治経済、憲法やディベート、合宿や課題で多くのことを深く学びました。

2015年/38歳〜

自分の御役目は
『多くの人に日本の現状を伝えること』

舞台の世界で生きてきた妹が『プロジェクト"KIZUKI』を立ち上げました。
『日本や政治の現状を、娯楽、エンターテイメントとして多くの人に伝えたい』そのコンセプトの元、妹が演出とプロデュース、私が原作と脚本、音楽監督を担当。
安保法制が施行された未来を描いた『H☆ERO HEIZO』を築地ブディストホールにて公演しました。御陰さまで満員御礼、翌年、京都東本願寺のしんらん交流館でも再演が叶いました。

H☆ERO HEIZO
H☆ERO HEIZO
H☆ERO HEIZO
H☆ERO HEIZO

2016年/39歳〜

『小難しい政治を簡単に伝えたい!』というコンセプトの元、『簡単政治セミナー』を開催しました。議員会館や依頼があればどこへでも行き、とにかく『今の日本がどういう状態であるか。この政治の行き先には、どのような未来が待っているのか。』をお伝えしました。

GO VOTE TOKYO

また、2016年の参議院選挙では、若者たちに政治参加をしてもらい、投票率をあげたい!という思いから、『G♡ VOTE TOKYO 〜選挙をオシャレにプロデュース〜』を立ち上げ、政治や選挙に対するダサい、とっつきにくい、ハードルが高い、というイメージを払拭すべく、地下アイドル『仮面女子』とコラボした『GO VOTE!(投票にいこう!)』のCMを、私自身が詞曲を作り歌っている『ONE』のBGMにのせて、渋谷や新宿の街中の大ビジョン12画面に一週間流すことに成功しました。

GO VOTE TOKYO
GO VOTE TOKYO
GO VOTE TOKYO

それから3ヶ月後の10月、自由党の大阪第12区総支部長に選任されました。
年金や核廃棄物の問題もそうですが、既存の政治家たちが自分たちの世代さえ良ければいい、という政治を繰り返してきた結果、私たちの世代は様々なことについて割を食うという現状。そして未来は、もっと酷くなるかもしれない。

『未来の子どもたちを守る。』

そのためには私が、何をすれば良いのか。何ができるのか。今までの人生と同じように、考えて決めて、すぐに行動する。この道を真っすぐに進んでいきたいと思います。

全ては、この国の子どもたちと、大好きなこの国の未来のために。

自由党大阪府第12区総支部長
自由党大阪府第12区総支部長

2017年/40歳〜

地元寝屋川市、大東市、四条畷市にて、毎日政治活動中。
最新情報は真白リョウオフィシャルブログフェイスブックページにて随時配信しています。